理学療法士として働き始めて、数年が経った頃のことです。
私は自転車で走っていて、車に轢かれました。
気づけば、毎日患者さんを評価していた自分が、評価される側になっていました。右の下半身が動かない。動かし方が分からない。そして私は、理学療法士としてその状態が何を意味するのかを、知りすぎていました。
この記事では、あまり人に話してこなかったこの経験と、そこから変わったことを書きます。
📌 この記事で書くこと
- 理学療法士が「患者側」になって見えたもの
- 元の状態に戻るまでにかかった9か月
- 今も残っている高次脳機能障害のこと
- 患者さんへの関わり方が変わった3つのこと
※はじめにお断りします。本記事は私個人に起きた一例であり、医学的な助言ではありません。症状の経過や回復は、損傷の部位・程度によって一人ひとりまったく異なります。ご自身や家族の症状については、必ず主治医やリハビリテーション専門職にご相談ください。
何が起きたか
自転車で走行中、車と接触しました。診断は次のとおりです。
- 左手中指の骨折(1か月ほどシーネで固定)
- 左の頭蓋骨骨折(こちらは軽症でした)
- 脳挫傷
- 外傷性くも膜下出血
そして、脳の損傷による症状として、右下肢の運動麻痺が出ました。
MMT1。その意味が分かってしまう怖さ
当初、右下肢の筋力はMMT1でした。
理学療法士でない方のために説明すると、MMT(徒手筋力テスト)は筋力を0〜5の6段階で評価するものです。1は「筋の収縮は感じられるが、関節は動かない」レベル。自分の意思では、脚を動かせません。
患者さんなら「脚が動かない」と感じるところです。でも私は、それが評価表の上でどの位置にあり、これから何が起こりうるのかを、知識として知っていました。
知っていることは、必ずしも救いにはなりませんでした。
9か月
結論から言うと、右下肢の麻痺は回復しました。
脳の出血が引いていくにつれ、少しずつ動くようになっていきました。急性期の症状だったのです。
ただし——元の運動機能を取り戻すまでに、約9か月かかりました。
⚠ ここは誤解のないように書きます:私はこの麻痺について、リハビリを受けていません。出血が引くにつれて自然に回復していきました。
ただしこれは「麻痺はリハビリをしなくても治る」という話では決してありません。私の場合は急性期の一過性の症状だったというだけで、損傷の部位や程度が違えば経過はまったく変わります。自己判断は絶対に避けて、必ず主治医やリハビリ専門職に相談してください。
この9か月という時間が、のちに私の考え方を大きく変えることになります。
そして、残ったもの
運動機能は戻りました。でも、すべてが元通りになったわけではありません。
高次脳機能障害が残りました。
具体的には、こういう形で現れています。
- 注意の問題:集中が長く続かない。同時に複数のことを進めるのが難しい
- 疲れやすさ:いわゆる脳疲労。以前より早く疲れる
- 遂行機能の問題:段取りを組むのが苦手になった
見た目では、まったく分かりません。歩けますし、話せますし、仕事もしています。
だからこそ、これは「見えない障害」なのだと、自分が当事者になって初めて知りました。
患者さんへの関わり方が変わった3つのこと
この経験のあと、私の中で確かに変わったことが3つあります。
① 「できない」の受け止め方
患者さんが「できない」と言ったとき、以前の私はどこかで「やってみないと分からないですよ」と思っていた気がします。励ましのつもりでした。
でも、自分が動かない脚を前にしたとき分かったのです。「できない」は、怠けでも諦めでもない。本当に、できないのだと。
今は、まずその言葉を否定せずに受け取るようになりました。そこからどうするかを考えるのは、その次です。
② 回復のスピードに対する考え方
私は、元の状態に戻るまで9か月かかりました。
この9か月を自分で過ごしてみて、回復とは、こんなにも時間がかかるものなのかと実感しました。専門職として「経過には個人差があります」と口では言っていたことを、体で知ったわけです。
焦らせない。急がせない。数か月単位で、ようやく変わっていくこともある——その前提で関われるようになりました。
③ 見えない障害への想像力
これがいちばん大きいかもしれません。
高次脳機能障害は、外からは見えません。私自身がそうだからこそ、「見た目では分からない困りごとが、この人にもあるかもしれない」と考えるようになりました。
疲れやすさ、集中の続かなさ、段取りの難しさ。これらは本人にしか分からず、しかも周囲から「怠けている」と誤解されやすいものです。
その苦しさを、私は少しだけ知っています。
それでも、「分かる」とは言いきれない
ここは正直に書いておきたいところです。
この経験を通して、私は「障害を負った患者さんの気持ちが、分かった気がした」と感じました。
でも、「分かった」とは言いません。
私の麻痺は回復しました。一生つき合う障害を負った人の気持ちを、私が本当に理解できているとは思いません。経験したのは、あくまで私自身の一例にすぎないからです。
「分かった気がする」止まりでいること。これが、今の私にとっての誠実さだと思っています。
分かったつもりになった瞬間に、目の前の人の話を聞かなくなる。それがいちばん怖いことです。新人の頃、患者さんから「話を聞いてくれない」とクレームを受けた私にとっては、なおさらです。
同じ立場の人へ
もしあなたが、今まさに回復の途中にいるなら。
9か月かかることもあります。私はそうでした。1か月で変わらなくても、それは終わりではありません。
そして、見えない障害を抱えながら働いている人へ。
周りには分かってもらえないことが多いと思います。私も、集中が続かない日や、人より早く疲れる自分に、戸惑うことがあります。それでも、理学療法士という仕事は続けられています。
まとめ
理学療法士として働いていた私が、事故で患者になった。右下肢はMMT1から9か月かけて回復し、高次脳機能障害が残った。この経験で「できない」の受け止め方・回復スピードへの考え方・見えない障害への想像力が変わった。それでも「分かった」とは言わない。分かった気がする、止まりでいること。
この経験を、良かったとは思いません。事故に遭わないに越したことはありません。
ただ、起きてしまった以上、この経験を持っている理学療法士として働いていくしかないと思っています。少なくとも、目の前の人の「できない」を、頭から否定しない自分にはなれました。
私が13年間どんなキャリアを歩んできたかは、こちらの記事にまとめています。
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